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2020年10月05日

マンガ『普通の人でいいのに!』の感想を作者本人に伝えてみたい

2020年の7月に、『普通の人でいいのに!』というマンガがものすごくバズった。僕も読んだのだけれども、これがものすごくおもしろい。悔しいくらいおもしろい。

このマンガがおもしろぎて、みんなが自分の中で感情を処理できなくなって、SNSやブログに感想や考察を書いている。その結果、バズが起こっているのだ。

僕もツイッターに「おもしろい」と書いた。……しかし、僕はそんなことをしても全然気持ちが収まらない。それなら、作者本人に対面して「おもしろい」と伝えてみるのはどうだろうか。

この記事を書いた人

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Editor/Writer/Illustrator

斎藤充博

MITSUHIRO SAITOU

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1982年生まれ。指圧師、マンガ家、編集などの仕事をしている。著書に『いやしのツボ手帳』(永岡書店)、『ツボストレッチ』(日本文芸社)などあり。つらいことがあるとすぐに寝てしまう。

実は作者の冬野梅子さんと僕は面識がある。2019年に開催された「清野とおるコミックエッセイ大賞」というマンガの賞で、僕と冬野さんは同じ「期待賞」をとっていた。授賞式の後の懇親会で酒を酌み交わした仲である。

 

(なお、これがツイッターに「おもしろい」と書くくらいじゃ気持ちが収まらない理由でもある。同じ賞を取っていて、先に行かれている!)

 

仕事上がりの冬野さんを編集プロダクション「やじろべえ」にお招きして、お話をさせてもらった。

 

冬野梅子 @umek3o

 

2015年頃より漫画制作をはじめ、2019年清野とおるエッセイマンガ大賞に『 マッチングアプリで会った人だろ!』を初応募し期待賞を受賞。また2020年モーニング月例賞にて『普通の人でいいのに!』が奨励賞を受賞。

現在はまだ次の作品を考え中。

 

 

倉田さん、かわいいですよね

 

斎藤:冬野さん、おひさしぶりです。そしておめでとうございます。

正直なところ、冬野さんと僕は同じ賞を取っていたのに、一歩先に行かれたという思いがありますね……。でもそれはそれとして、『普通の人でいいのに!』がすごくおもしろい。

 

冬野:ありがとうございます(笑)。

 

斎藤:特に僕は「倉田さん」がものすごく好きなんですよ。僕の倉田さんへの愛を、作者本人に聞いてもらいたいな……と思っています。

 

冬野:倉田さん。かわいいですよね。わたしも好きなんですよ(笑)。

 

斎藤:じゃあ、一緒にマンガを読みながら聞いていただければ……。

 

冬野:よろしくお願いします。

 

 

倉田さんはかわいいと思っていました

 

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

 

斎藤:冒頭で度肝を抜かれました。倉田さんが田中さんを、ちょっといい居酒屋に誘う。そこで倉田さんが「ボーナスも入ったことですし たまには贅沢しましょう」なんて言う。

 

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

 

斎藤:これに対しての田中さんのモノローグが「たまには贅沢って 私たちはお互いの『普段』を知らないだろ」……って。これ、すごくないですか。この瞬間に、圧倒的な解像度の高さを読者は知ることになります。

 

冬野:そうなんですか。解像度の高さ……。描いている側としては、そこまであまり考えてなかったです(笑)。

 

斎藤:冬野さんって、絵はすごくシンプルじゃないですか。でも描いていることは現実の写実だと思います。このやりとりで「とんでもない解像度のマンガで読者を刺しにきているぞ」って僕は思ったんです。読んでいて、座り直しましたね。一度背筋を正したんです……。

 

冬野:確かに、この話は現実をモデルにはしていますね。湯葉を出す居酒屋も、実際にあります。

 

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

 

斎藤:読者としては緊張しているのに、倉田さんはこの顔です。口が三角になっちゃっている。料理に好みの物でもあったんでしょうか? かわいい。

 

冬野:かわいいですよね。私も倉田さんはかわいいと思って描いていました。でもSNSの感想を見ていると倉田さんを「デブ」って言っている人がいて……。倉田さんはぽっちゃりしているけど、デブではないんですよ。

 

斎藤:SNSの人、厳しいんだよな〜。

 

冬野:そう言えば、倉田さんのほっぺの点々も編集さんに「これなんですか?」って聞かれたりしました。

 

斎藤:そばかすですよね?

 

冬野:サザエさんに出てくる「甚六さん」(磯野家の隣の伊佐坂家にいる浪人生)にも顔に点々があるじゃないですか。あのイメージだったんです。

 

斎藤:倉田さん、甚六さんの影響を受けていたんですね。

 

冬野:甚六さんって「人がいい」じゃないですか。倉田さんにもあの感じを出したかったんですよ。

 

これからは「ホモソーシャルどっぷりじゃない人」で答えていこうと

 

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

 

斎藤:居酒屋での話が進んで、倉田さんは田中さんに好みの男性について聞いてみる。そこで田中さんは、好みの男性は「ホモソーシャルどっぷりじゃない人」って答えていています。好みのタイプを聞かれていて、この返しはけっこうすごいなって思いました。

 

冬野:飲み会とかの場で、参加者に「好きなタイプを聞くフェーズ」ってあるじゃないですか。

 

斎藤:ありますね。

 

冬野:でも、みんな聞ききはするんですが、実はそんなに興味はないんですよ。

 

斎藤:そうかもしれません。なんとなく、流れで聞いている。

 

冬野:そうなんです。だからいままでずっと「なんて答えようかな……」って迷っていて。そこでこれからはもう全部「ホモソーシャルどっぷりじゃない人って返していこう」って思いついたんですよ。

まだ実際に言ってはいないんですが、まずマンガで使ってみました(笑)。

 

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

 

斎藤:倉田さんが「ホモソーシャル」って言葉を知らなくて、しばしキョトンとした後に、「体育会系が苦手なんですね」って返してくる。

ここも僕はすごく好きなんです。「ホモソーシャル」と「体育会系」って、一部かぶるところもあるし、近い概念だと思うんです。こういう返し方をする倉田さんは、多分勘がいいし、頭もいい。

……だけど「ホモソーシャル」と「体育会系」ってやっぱり明確に違うものですよね。その惜しさが、たまらなくて。

 

冬野:そうそう。いいカスり方をしているんですよね。……惜しいんです、倉田さん。

これはちょっと似た経験が私の中にあって。まだ「ホモソーシャル」って言葉を知らないときに、具体例を出しながら「こういうタイプの人って苦手なんですよね」って話を会社の人にしたことがあったんですよ。そしたら「体育会系が苦手なんだね」って返されたんです。そこから来ていますね。

 

ここはグッと来てもらいたかったんですよ

 

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

 

斎藤:田中さんが「友達のライブ行かない?」「対バンも結構いい感じだよ」と言って倉田さんを誘います。そこで「対バン」って言葉に思わず笑っちゃう倉田さんです。これ、このマンガで一番好きな場面ですね。倉田さんというキャラの見せ場だなって思います。コマもでかい。

 

冬野ここはグッと来てもらいたかったんですよ。意図が伝わってうれしい。

 

斎藤:これ、「対バン」というポジションをバカにしているわけじゃなくて、対バンって言葉を全く知らない人が、「対バン」という言葉の音のおもしろさに笑っちゃっているんですよね?

 

冬野:そうなんですよ。「急に何おもしろいこと言っているの?」てことです。私がライブハウスに行き始めたころに周りの人が「対バン」って言っているのを聞いて、「対バンってなんだろう……?」って思っていたんですが、その経験が元になっていますね。

 

斎藤:「対バン」で笑う倉田さんは、冬野さんの姿でもあるわけですね。

 

冬野:なんか、改めて考えると妙な言葉じゃないですか。「対バン」って。

 

斎藤:対バンの「対」ってなんでしょうね。

 

冬野:対決の「対」じゃないですか。

 

斎藤:対決ってのもよく考えると変じゃないですか。一緒にイベントをやっているのに……。

 

冬野:確かに(笑)。どっから来ているんでしょうね。対バンって……。

 

 

倉田さんは怒らないことを美徳としているんです

 

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

斎藤:倉田さんは玄関に迎えてきてくれて、電気をつけてくれる。かわいい。

 

冬野:これいいですよね。本当にかわいい人だと思います。

 

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

斎藤:ただ、この時は田中さんの機嫌が悪い。田中さんの頭をポンポンってしたら、完全にブチ切れて、右に左に振り回されて、外に追い出されちゃう。弱い!

 

冬野:いま読み返すと、この弱さはすごいですよね(笑)。マンガならではかも。

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

斎藤:でね、僕が着目したのは、ここで倉田さんが全然怒らないことなんですよ! 「へ??」ってポカンとしているだけで! いい人にもほどがある。

 

冬野:倉田さんは「怒らないこと」を美徳としているんですよ。本当は臆病で、キレたりできないのに、それを「自分はささいなことでは怒らない人間」というふうに置き換えているんですね。

 

斎藤:(一瞬絶句)深い……。そして……。それは僕も同じかもしれません。うん、そういうところあるな……。

 

冬野:いやいや……。ただ、怒って殴ったりすると、マジで犯罪になってしまうので、その方がいいとは思います。

 

斎藤:なんというか、僕の中にも倉田さんがいたんだな、というところにショックを受けました。どちらかと言えば、僕は田中さん側の人間だと思っていたのに……!

 

倉田さんは大丈夫な人

 

斎藤:倉田さんはこの後どうなってしまうのでしょう? 全般的にちょっと配慮が足りない点もあるとは思うんですが、最後の登場シーンでは、 田中さんにけっこうひどい目に遭わされていると思います。

 

冬野:倉田さんは大丈夫なんですよ。しれっと次の人とつきあいます。そして35歳か36歳くらいで結婚します。

 

斎藤:なるほど……。なんか納得できますね。

それにしても、ここまで話して、倉田さんが作者に愛されていたということがわかって、よかったです。たとえば、特定のモデルの人がいて、冬野さんがその人のことを本気で嫌っていたらどうしよう、と思っていたんですが……。

 

冬野:倉田さんはいままでに会ったいろんな人の言動を集約して、こうなっています。当時モデルたちに言われたことで、腑に落ちないことは多数あったのですが、もうみんな過去のことなので(笑)。

倉田さんはすごくいい人なんですよ。素直で、疑ったりしない。俯瞰して自分自身を眺めるということもしない。あまり難しいことも考えない。そんな、かわいい人です。

 

斎藤:倉田さんを肯定されていますよね。あらためて、ここに倉田さんがあらわれたら、冬野さん自身は付きあいたいと思いますか?

 

冬野:ああーー……。倉田さんはダメですね……。

 

斎藤:かわいい、と言っておきながら!

 

冬野:身近にいたら、ちょっと……。倉田さんは怒らない人なんですが、「なんで怒らないんだよ」という気持が芽生えてしまいそうですね。2時間かけて説教してしまうかもしれません。ホワイトボードに書きながら、理詰めで(笑)。……だからお互いあんまり平和じゃない(笑)。

 

斎藤:やっぱりちょっと難しいんですね。ただ、それは倉田さんに問題があるわけではなくて……。

 

冬野社会に出ると、倉田さんみたいに素直な人が「普通」なんです。そういう人とコミュニケーションをとると、自分って本当に子どもだなって気持ちになることが多いですね。多分私は、いろいろなことを気にしすぎているんだと思います。

 

『普通の人でいいのに!』はパラレルワールドの私

 

斎藤:そういう気持ちは僕もすごくよくわかります。ときどき思うんですが、素直な人と接していて、なにかひっかかるところがあるのは、自分自身がちょっと屈折しているのかもしれないって。

僕と冬野さんは『清野とおるコミックエッセイ大賞』で同じ期待賞だったわけですが……。そういう意味でも共通点があるかもしれませんね

 

マッチングアプリで会った人だろ!/冬野梅子 - モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイより

 

 

おれたちのダイエードチャクソフェスティバル/斎藤 充博 - モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイより

 

冬野:SNSでシェアされるコミックエッセイって、みんな「いい話」を描いているじゃないですか。でも私が描くものはそうではない。普通に世の中に出したら、受け入れられないんだろうなって思っていました。

マンガを描き始めたのは5年くらい前なんですが、コミティアに出展したくらいで、どこにも投稿したことはありませんでした。

でも『清野とおるコミックエッセイ大賞』を知ったときに「清野とおる先生ならわかってれるんじゃないか」って思ったんですよ。

 

斎藤:清野先生、ちゃんとわかってくれましたね。

 

冬野:あのときに賞を取れて、本当によかったです。期待賞を取ったからといって、大金をもらえるわけでもないし、有名になれるわけでもない。でも、マンガの賞を取れたということは自分の中で「お守り」のようになっていたことろもあったので。

賞を取っていなかったら、精神的にちょっとまずかったかもしれないです。実は『普通の人でいいのに!』の田中さんは、清野とおる賞を取っていなかったパラレルワールドの私を描いているところがあります。

 

斎藤:どういうことですか。

 

普通の人でいいのに! ©冬野梅子/講談社

 

 

冬野:清野とおるコミックエッセイ大賞で期待賞を取れなかったら、田中さんみたいに「ちょっと自分が憧れている人」の周りをずっとうろちょろしていたんだと思います。

そして、自分が何をしたいのか、何ができるのかもわからずに、どんどん周囲の人に八つ当たりをして、傷つけていっちゃうんだろうな、っていう……。

 

斎藤:そういうことを思うと、清野とおる先生って神様みたいな存在ですね。パラレルワールドから冬野さんをこちらに移動させてくれたことになりますもんね。

 

冬野:それは本当にそうだと思いますね。

 

斎藤:今後の活動について、なにか決まっていることはありますか?

 

冬野:担当さんと、とりあえずこの路線で行こう、という話になりました。でもまだ何も手をつけてない状態ですね。

 

冬野さんはまぶしかった

 

何度も繰り返すようだが、僕と冬野さんは同じ『清野とおるコミックエッセイ大賞』の期待賞を取っている。僕は賞を取った後、担当さんとネームのやりとりをしたり、『モーニング』のアンケートプレゼントページでちょとした4コママンガを描かせてもらったりした。

 

しかし僕はそれ以降特に成果を出せていない。「マンガ専門誌のハードルってめっちゃ高いんだな」ということを思い知った。

 

そんな環境の中、モーニングで新たに賞を取って、SNSでも注目されている冬野さんは、僕にはとてもまぶしかった。そして、実際に会って話ができたことで、僕の感情はちょっと消化されたように思える。

 

冬野さんにはこれからもおもしろいマンガを描き続けてもらいたい。そして、またインタビューをさせてもらいたいです。